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2008年9月

オンライン・トレード 「三菱UFJ(8306)」

building「三菱UFJ(8306)」(9月22日起稿)

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yen9月22日終値898円/08.04.30高値1,173円・08.09.05安値741円/06.04.01高値1,950円    

impact日経平均株価は、3月17日の安値11,787円を割り、9月18日に11,301円の本年最安値をつけました。まさに、先週(9/16火~9/19金)は、マーケットにとって歴史に残る激動の一週間ではなかったかというエコノミストもいました。米国の金融危機により東京株式マーケットも連鎖の大きな影響を受けております。これでもか、これでもかと下落し最後のセリング・クライマックスは凄かったですね。恐怖におののいた人、我慢しきれずに投げ出した人、下降トレンドにしっかり上手く乗れた人など、投資家はさまざまでしょう。

keyさて、米国政府がこの緊急時の金融政策を発表したことにより、最安値をつけた後、日経平均株価は、ここ2日続騰し反発してきました。大底をうったのでしょうか。まだ下値があるのでしょうか。短期的には底をうったように見受けられますが、当面上向いても中長期的には、上下どちらに向うか判断が難しいところです。ねらいとしては、波乱があり下げるところまで下げた感のある金融セクターの反発が大きいのではないかと思います。メガバンク、大手証券に注目したい思います。特に、モルガン・スタンレーへの巨額出資が報道される「三菱UFJ(8306)」のグローバル展開が注目されます。三菱UFJの2006年4月高値1,950円をどこまで取り戻せるでしょうか。「谷深ければ山高し」全値戻して、更に上へ向うことを願いたいものです。

この株式資料の正確性、安全性を保証するものではありません。投資に関する最終決定は、投資家ご自身の判断で行うようお願いいたします。

clock2008.09.22 penライター:Jean-Paul  Aikawa ジャン-ポール アイカワ

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岩手の山100座  92座目・遠島山 1263m

sports「遠島山」 1263m    写真は山頂から望む山並み

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suncloud岩手県久慈市山形地区と岩泉町に跨り、県北沿岸部では一番高い“遠島山”に登ってきました。雲に遮られ、残念ながら海と岩手山が見えませんでしたが、はるか遠方には姫神山、直ぐ眼前に天神森、その右奥に穴目ヶ岳が望めました。山並みが幾重にも重なったところは水墨画のような風景でまあまあの眺めでした。5合目にブナの巨木があり太い枝が剥がれ落ちていました。ブナの命は150年位といわれています。このブナの木も最大限成長しメタボになった老木なのでしょうか。枝を支えられなくなり、自ら倒木する時期が近づいているのかもしれません。自分の年齢と体形を重ねて考えますとこのブナに愛着を覚えました。この辺りはブナの緑が続きとても気分爽快でした。岩や石も少なく土の歩きやすい登山道で、3合目と4合目の中間にある遠島山荘は、室内が明るく清潔でとてもよい山荘でした。登山道入口の手前に“内間木洞”がありました。説明の看板に「総延長6,000mを超える巨大洞穴/岩手県指定天然記念物」と書かれていました。龍泉洞の全容が5,000mとありますので、内間木洞の方が規模が大きいのしょうか。一般公開はされていないようですが、見学希望の方は久慈市教育委員会へ連絡くださいと、書かれていました。平庭高原直下の県道29号野田山形線は素晴らしい眺めのドライブコースです。これから紅葉の時季は最高でしょう。人家もなく車一台、人一人にも会いませんでした。この県道と並行して“塩の道”があります。案内標示図も立っていました。昔、野田塩を内陸に運んだ道です。一度歩いてみたいものです。熊に遭うことがあるかも知れません。下山後、山の麓近くの森繁久弥が命名したという“べっぴんの湯spa新山根温泉)に浸かってきました。葛巻の産直ハウス“ほすなある”“くずまき高原牧パンハウスくずまきに寄ると新鮮で珍しい産物が手に入ります。

clock2008.09.18 penライター:Jean-Paul  Aikawa ジャン-ポール アイカワ

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食の歳時記 「松茸の土瓶蒸し」と「松茸ご飯」 長月ながつき9月

fullmoon長月=松茸、菊、栗、戻り鰹 

fullmoon山登りの帰りに、岩手県葛巻町の産直ハウス「ほすなある」に寄りました。今日採れたという立派な素晴らしい松茸を売っていました。2パックだけしか並んでいないところが、希少価値十分で、買い心をくすぐります。しかし、あまり高価なので、今回は買わないで駐車場の車に戻りました。が、待てよ…、今後、もう葛巻町産直ハウスに来る機会があるだろうか…、もうこんな新鮮な大きな松茸に出くわすことはないのではないか…、もうこんないい松茸は一生食べられないのではないか…、2パックだけしかないので直ぐ買わないともう売り切れてしまうのではないか…、と思い改め、妻と二人の財布の有り金を寄せ集めて、又、再度、急いで売り場に行って思い切って買ってしまいました。買った後、銀座のコートの話を思い出しました。銀座のショーウインドーに飾ったコートが売れないので、5倍の高い値段をつけたら直ぐ売れてしっまた、という話です。この話を聞いたときは、金持ちの女性の他人の話で、自分には関係ない話と思っていました。しかし、松茸を買った後考えました。このコートを買った女性は金持ちの特別な女性でないのではないか。このコートを買った女性は、わたしたちと同じ、庶民の普通一般の女性ではないかなぁ~、と思うようになりました。「もう銀座に来ることはないかもしれないわ。もうこんないいコートを買う機会はないかもしれないわ。今買わないともう一生買えないかもしれないわ。一着しか飾っていないので直ぐ買わないともう誰かに買われるぅ~」と切羽詰った考えで、一生懸命貯金して貯めたお金をはたいて、思い切って買ってしまったのではないか、と考えたりしました。高額な商品に飛びつく購買者心理は、欲しい物が「もう売れて無くなるのではないか」「もう一生買えないのではないか」「よし、買おう、もう」となるのでしょう。なんといとおしいことです。

fullmoonもうまだなり」という格言があります。松茸もコートももう買えないことはありません。後でもまだまだ買えます。まだまだ安く買えるでしょう。もうこそ購買者が勝手につける最高の付加価値ですね。

fullmoonさて、その松茸で「松茸の土瓶蒸し」と「松茸ご飯」を作ってくれました。スダチの汁を一振り、旬の菊の甘酢、戻り鰹の焼物、娘一家の旅行先から送ってきた日光の湯葉まで、並びました。焼き松茸も所望しましたが、2種類にたっぷり使った方が美味しいということで、焼き松茸は次の機会となりました。特有の香りと歯切れのよさは日本料理にふさわしく、食用キノコの王者ですね。目を閉じて松茸の馥郁とした芳香をかぎ、プリッとした歯ごたえを堪能しました。

clock2008.09.20. penライター:Jean-Paul  Aikawa ジャン-ポール アイカワ

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小津安二郎 「東京暮色」   

movie「東京暮色」  1957年(昭和32年) 松竹  bshi                       bell監督:小津安二郎  ring出演:原節子 有馬稲子 山田五十鈴 笠智衆

memo黒澤明と日本映画監督の双璧をなす小津安二郎。その小津安二郎の古い映画「東京暮色」を見ました。小津の作品を見た後は、必ず、哀切な余韻が残ります。「東京暮色」も切ない余韻が残りました。妻に出奔された銀行員の、父・笠智衆の不運を恨むこともなく、とつとつと坦々と生きる様に、諦念に似た共感を覚えます。その長女、原節子は大学勤めの夫に不満を抱き、実家の父・笠智衆のもとへ逗留しています。次女有馬稲子は自分の出生に懐疑を抱くうえ、恋愛にも破れ事故死します。笠智衆の妻であり、原節子、有馬稲子の母である山田五十鈴は、北海道へ去ります。原節子は自分の子のために、夫の下で出直します。最後に、一人になった父笠智衆の姿は、淋しくも今までと変わらないとつとつ坦々としていますが、侘しさが漂います。笠智衆が渋くていい。原節子の大和撫子の美しさ、有馬稲子の現代っ子風の危うい可愛さ、山田五十鈴の少し崩れながらも芯のある女の姿、皆それぞれに個性が出ていてよかったですよ。皆、真摯なはきはきした口調に好感が持たれました。過酷なまでの無常観が滲み出て哀れでしたが、互いに温かく包み合う姿はほのぼのと心を潤してくれます。これが小津安二郎の真骨頂でありましょう。かつて、戦前の作品「生れてはみたけれど(1937年、昭和7年)」、戦後の作品「麦秋(1951年、昭和26年)、「東京物語(1952年、昭和28年)」等を見ましたが、庶民の現実の生活をしっかりと捉え、人間の無常観が滲み出ていました。西洋の乾燥し切った「ニヒル」と違う、少し温かい日本的な「無」とでも謂いましょうか、そんなものが体感されました。淋しいながらも温かい世界でした。

clock2008.09.13. penライター:Jean-Paul  Aikawa ジャン-ポール アイカワ

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親鸞 親鸞 

shadow五木寛之が新聞小説「親鸞」の連載を始めました。折りしも、TVでは、張作霖の娘と思しき、ご年配の張偉という人が、「親鸞」を講じていました。張偉は親鸞の関係著書を訳して中国に紹介しているようですが、外国人ながら親鸞に対する洞察と卓見には、耳目を引きつけられました。五木寛之の新聞小説の方は、始まったばかりで数回の連載を読んだだけですが、死人の腕や頭が散らばっていたりする河原で、後の親鸞と思われる利発な少年が、僧や武の野人と邂逅する場面から始まりました。のっけから鎌倉時代の乱世の凄まじい様相の幕開けです。親鸞は、深い煩悩に憂き身をやっしていましたが、修行により信心決して弥陀に救われ、鎌倉時代の乱世の中、仏道によって人々を救おうと熾烈な布教の闘いを続けました。自らを愚禿親鸞と称し、「不断煩悩得涅槃」「悪人正機」「御同朋御同行」「自信教人信」等、当時の仏教と対峙する教目をかかげました。京を追われ直江津へ流罪になったり、僧のタブーである「肉食妻帯」をしたり、関東常陸国の布教では10万人ともいわれる念仏者を生み、その発展に対する弾圧から逃れるように生れ故郷京都に戻ったり、変節の息子を義絶したり、不撓不屈、90歳で入滅しました。背負いきれないほどの御恩報謝の布教の成果をたずさえて、弥陀の待つ極楽浄土へ旅立っていきました。さて、明日からの新聞連載は、どのように描かれてゆくのでしょう。

clock2008.09.10 penライター:Jean-Paul  Aikawa ジャン-ポール アイカワ

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R.シュトラウス  オペラ 「ばらの騎士」   

eventドレスデン国立歌劇場・日本公演    Bs11  

sharp指揮:ファビオ・ルイジ 台本:フーゴー・フォン・ホフマンスタール 演出:ウヴェ=エリック・ラウヘンベルグ  舞台美術:クリストフ・シュビガー 衣装:ジェシカ・カルゲ

notes元帥夫人:アンネ・シュヴァンネビィルムス オックス男爵:クルト・リドル 青年伯爵オクタヴィアン:アンケ・ヴォンドゥング ファーニナル:ハンス=ヨアヒム・ケテルセン ゾフィー:森麻季

noteプッチーニの「蝶々夫人」のような悲劇を涙しながら見るのがオペラと思い勝ちでしたが、この「ばらの騎士」のようなラブコメものも軽妙で、ロココの趣きも横溢していて、秀逸でした。30歳位のオーストリアの公爵夫人は、17歳の青年伯爵を愛人にし、立派な騎士になるよう、女性に示すべきマナーや、男性的魅力の発揮の仕方や、性の手ほどきなどもろもろの教育をする見返りに、若くて新鮮な肉体を奉仕させるという女性主導の関係を持っています。公爵夫人の従兄弟で好色な男爵は、新興貴族の娘(森麻季)と婚約進行中です。ところが、この娘と青年伯爵がお互いに一目惚れしてしまいます。さあ、大変、一悶着、二悶着あり、決闘あり。この決闘は凄さがありません。最後は娘と青年が結ばれるというありふれた話ですが、公爵夫人が誇り高く身を引いて、自らの諦めや悲しみを歌う歌声の方が決闘より痛切でした。美しい三重唱でした。

lovely娘・ゾフィー役の日本人・森麻季の活躍が嬉しかった。外人歌手に比べて華奢なのに見映えがして気持ちがいい。それでいて、ソプラノも技量も容姿も素晴らしかった。オリンピックばかりではありませんでした。オペラ歌手も世界に羽ばたいて活躍しています。どの女性歌手よりも男性歌手クルト・リドルが官能をかもし出していたかに見ましたが、あれを見て女性ファンはうっとりするのか、いやらしいと思うのか問うてみたいものです。

book台本がホフマンスタールとなっています。リルケを読んでいたころ、リルケ絡みでこのオーストリアの詩人・劇作家・小説家・フォフマンスタールの名を知りました。その頃、手元の世界文学全集にホフマンスタールの「騎兵の物語」という短編小説が載っていて読みました。官能の快楽と死の不気味な影とが交錯する世界を描いた物語でした。R.シュトラウス、ホフマンスタールのこの当時の時代背景はハプスブルグ帝国の世紀末で、楽劇の都ウィーンの文化が爛熟し、最後の花を咲かせていたようです。栄枯盛衰は世の倣い、爛熟のあとは崩壊です。

clock2008.09.09 penライター:Jean-Paul  Aikawa ジャン-ポール アイカワ

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ショスタコービッチ「交響曲第4番」ハ短調 Bs

sharp井上道義指揮  東京フィルハーモニー交響楽団 2007.12.1 日比谷公会堂

event東京では唯一のコンサートホールとして1929年に開設された日比谷公会堂は、その後、東京文化会館、NHKホール、サントリーホールほか沢山の優良なコンサートホールが出来て、近年、日比谷公会堂は、コンサートホールとしての地位は低下して、クラシック音楽の演奏会はほとんど開催されなくなっているそうです。この状況を憂う文化人が再興を提唱し、2007年秋、井上道義指揮によるドミートリー・ショスタコーヴィチの交響曲全曲演奏会が開催され、そのうちの一曲「交響曲第4番」を録画で聴きました。この作品は、1936年に作曲されましたが、スターリンの逆鱗に触れ身に危険が及ぶことを恐れて、発表が控えられました。スターリン亡きあと、作曲から26年後の1962年に初演された悲運の交響曲です。

note指揮者・井上道義によると日比谷公会堂は残響が少なくショスタコーヴィッチの交響曲には向いているというお話でした。静かなアダージョに突如突き刺さる激しい音、銃口を向けて脅すような怖い大きな管の音、このような曲には残響が少ない方が効果的なのでしょう。これらの武力とも暴力とも思えるような音は、ショスタコーヴィッチのどこから発するのでしょうか。それは、スターリン権力から向けられている死と暴力におびえ、そこからの解放を求めていたからでしょうか。それほど厳しい曲でも、現代に通じることは、今を生きるものの心の奥底に死と暴力が潜んでいるということでしょうか。現代では、加害者にも被害者にもなりうるという恐るべきこと、みずからを律して、用心もしなければならないでしょう。

clock2008.09.07 penライター:Jean-Paul  Aikawa ジャン-ポール アイカワ

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おうちでカクテル「アレキサンダー」別名アレキサンドラ

  • bar「アレキサンダーAlexander」別名アレキサンドラbarブランデー・ベース/甘口/シェークImg_0868

bookアンドレ・ブルトンが英仏海峡に面した小さな港町の「アンゴの館」と呼ばれるさびれたシャトーにこもって「ナジャ」を書いていた頃、近くに逗留していたルイ・アラゴンが毎日、午後になるとブルトンを訪ね、浜辺に机を持ち出し、この「アレキサンドラ」を飲みながら、いま書きつつある互いの作品について話あっていたらしい。眠れぬ夜には、左手に「アレキサンドラ」、右手にブルトンかアラゴンの難解な本。直ぐ眠くなりますよ。甘口カクテルで甘い夢をどうぞ。

bar1863年にイギリス国王エドワード7世とデンマーク王妃アレクサンドラの婚礼を記念して、国王が王妃に捧げたカクテル。映画「酒とバラの日々」では、ジャック・レモンが酒の飲めない妻に勧めたカクテルとして有名、とか。

barブランデー30ml/クレーム・ド・カカオ15ml/生クリーム15mlをシェークして、カクテル・グラスに注ぐ。生クリームないときはミルクでよいかも。あとで試してみます。

clock2008.09.06 penライター:Jean-Paul  Aikawa ジャン-ポール アイカワ

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映画 「ヒトラー ~最後の12日間~」 Bshi

movie独・伊・墺/2004年/字幕                                          movie監督 オリヴァー・ヒルシュビーゲル 出演 ブル-ノ・ガンツ(ヒトラー) アレクサンドラ・マリア・ララ(ヒトラーの秘書・ユング) ユリアーネ・ ケーラー(ヒトラー夫人) 他

shadow1,945年4月、ベルリン陥落直前における、独裁者アドルフ・ヒトラーと総統官邸の人たちの人間的な面と戦時下の異様な様相が、総統地下壕を舞台にリアルに撮られているドキュメンタリー風な戦争映画でした。「ヒトラー最後の12日間」ということは、ヒトラーの自殺が1945.4.30ですので、4月30日を遡ること12日間ということになりましょうか。しかし、この映画では、ヒトラーが自決した後、総統官邸から逃げる人たちが自害する様子や敵兵の陵辱から逃れようとする女性の姿も生々しく描かれています。また、ヒトラーの秘書であった実在の晩年のトラウドゥル・ユング女史本人が映画の最後に現れ「ヒトラーが怪物だったことを後で知った」と語っています。ということはヒトラーは、周りの女性には優しく人間的だったのしょうか。ヒトラーは、学校では成績不良で友達もなく、、家庭生活の団欒の楽しみも知ることなく、個人生活の内容は恵まれなかったそうですが、目標達成の緻密な策略と聴衆を酔わせる演説の才能を持っていたといわれます。この映画では、極悪人とされてきた独裁者ヒトラーを人間的に描いたため、強い批判もあったり好評もあったりで、結果として大ヒット作となったそうです。                                                       ベルリン陥落の際、ベルリンではナチスドイツ軍、ソ連軍合せて戦死者は約25万人、戦傷者は約50万人、民間人死者は15万人余に達しています。ソ連軍のドイツ人への報復は激烈を極めました。ベルリンの女性10万人が強姦され、強姦された10万人のうち1万人が自決したり死亡し、1万が性病に罹ったとされています。これはベルリンだけの話ではなくて、占領されたドイツの多くの町や村で婦女子が犠牲になりました。「ブロンドの娘をさらえ、それは諸君の戦利品だ!」とソ連軍は赤軍兵士を煽ったというのです。                                                             戦争は恐ろしい。戦争は平和を破る罪であり、悪であります。もし、第三次世界大戦が起こって、世界の列強が死闘を尽くして戦えば、大量殺戮兵器により、人類全体の滅亡が避けられないのではないか、と考えられています。人類は今や、永久の平和か、滅亡かの岐路に立たされているといっても過言ではないでしょう。今も世界では争いや戦闘が日常茶飯事です。今の平和な日本に住んでいると考えられないことですが、ある日突然、地震や台風のように戦争が襲ってくるかも知れません。不戦について、我われや世界の人々は、いったい何をしたらよいのでしょうか。

clock2008.09.03 penライター:Jean-Paul  Aikawa ジャン-ポール アイカワ     

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