「被害地主側の産廃不法投棄捜査立会い」/県警出動
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アダムとイヴ
リンゴ園のたわわに実るリンゴです。皆さまは、リンゴを見て第一にどんなことを思い浮かべるでしょうか。このリンゴを見たとき、“アダムとイヴのリンゴ”を思い出しました。聖書に出てくる知恵の木の実のリンゴです。クリスチャンではないのですが、旧約聖書の冒頭の“創世記”を思い出しました。
神は万物を創造されました。はじめに天と地を創造された。神は、闇に向って「光あれ」と光をつくり、そして、光を昼、闇を夜と名付けられ、夕となり朝となった。第1日目です。第2日目と3日目にも神は、「…あれ」と言って、天と地、陸と海を作り、地には草と果樹をはえさせた。第4日目と5日目にも、「…あれ」といって、大きな光と小さな光に分けられ、星と魚と鳥を創造し、生めよ増やせと言われた。第6日目に、地のすべての生き物を人に治めさせようと、神は自分にかたどって人を創造された。そして人を祝福して「生めよ、増やせよ、地に満ちよ。地を従わせよ。海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物を治めよ。草と実と全ての生き物を食物として人に与える」と言われた。神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。 こうして、天と地と、その万象が完成した。神は、そのすべての作業を終わって第7日目に休まれた。これが、旧約聖書における天地創造の由来である。
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また、主なる神は、土のちりでアダムを造られた。さらに主なる神は、アダムの助け手としてアダムのあばら骨一つを取ってイヴ(旧約聖書ではエバ)を造られた。アダムはイヴを妻として結び合い一体となるのである。二人とも不断から衣服をきることなく、動物と同じように裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった。恥ずかしいという思惟や感情がなかったのであろう。二人は、緑豊かで食べ物が豊富な楽園にいた。しかし、主なる神から禁じられていることがあった。エデンの園のどの木の実を取って食べてもよいが、エデンの園の中央にある“善悪を知る木”からは取って食べてはならない。その実を食べるときっと死ぬであろう、と主なる神は禁じていた。
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ところが、狡猾な蛇がイヴに言った「これを食べても決して死なないでしょう。これを食べるとあなたがたの目が開けることを、神は知っておられるのです」。イヴがその木を見ると美味しそうで、目にも美しく、賢くなりそうに見えたから、その実を取って食べ、共にいたアダムにも与えたので、彼も食べた。すると二人の目が開け、自分達が裸であることが分かって恥ずかしかったので、イチジクの葉をつづり合わせて、腰に巻いた。これを知った主なる神が蛇に言われた。「お前は、すべての家畜、獣のうち、最ものろわれる。おまえは腹で、這い歩き、一生ちりを食べるであろう」。つぎにイヴに言われた「わたしは、あなたの産みの苦しみを大いに増す。あなたは苦しんで子を産む」。更に、アダムに言われた「あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。あなたは額に汗してパンを食べ、ついに土へ帰る」。そこで主たる神は彼をエデンの園から追い出して、彼が造られたそのちりと土を耕させられた。これが、楽園追放である。以上は、“創世記”第1章~第3章の要約です。
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アダムとイヴは、苦しみも心配もなくエデンの園に住んでいましたが、蛇にそそのかされて“善悪を知る木の実”を食べてしまいました。神にそむくこの原罪行為のために、二人は楽園を追われました。それ以来人間は、出産の苦しみや、苦労して働き、ついには死ぬ運命になったということです。実は、以上をご覧のとおり、“善悪を知る木の実”は「創世記」には何の果実であるか記述されていません。絵画や本にリンゴが描かれていることから“善悪を知る木の実=リンゴ”となったようです。
最後に、キリスト者でも、キリスト者でなくてもどちらでもよいのですが、次のことにご見解・ご意見をお持ちの方、コメントをお寄せ頂ければ幸いです。
2008.11.10
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ライター&フォト:Jean-Paul Aikawa ジャン-ポール アイカワ
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2008.11.24
岩手県盛岡市・明治橋橋上にて![]()
21日朝の大雪で岩手山が大分白くなってきました。冬用のスタッドレスタイヤにまだ替えていないので、近くのガソリン・スタンドへタイヤの脱着に行きました。2時間待ちでした。冬、雪といえば、スキーですね。安比高原と夏油高原の両スキー場がプレオープンしたそうです。プレということは、開いて閉じて、また開くのですね。常時のオープンは12月でしょう。
去年のこと、或る生活情報誌に岩手県内のスキー場の一ヶ所だけが12月初旬のオープンと載っていました。待ってましたとばかり、そのスキー場へ初滑りに出掛けました。ところが、広大な駐車場に着いてみると自動車は一台もなく、スキー客の姿はなく人一人もいないのです。狐につままれたようにあっけにとられました。センターハウス・受付にも誰もいなくて、二度三度「ごめん下さい」と大きな声で来意を告げると、奥から日直者でしょうか、女性の社員が出てきて、スキー場は、まだオープンしていないというのです。誤報道でした。楽しい筈の週末土曜日の一日が棒に振られました。誤った掲載により問合せが沢山あったとの社員の話でした。スキー場でも困惑している様子でした。この情報誌には、日頃何かと情報を提供して頂いて便利をして有難いことですが、社会的に影響の大きいことを鑑み、間違いのない信頼できる報道をするよう万全を期し、確かな記事を書いてもらいたいものです。
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ライター&フォト:Jean-Paul Aikawa ジャン-ポール アイカワ
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東京から高名な米木庸志ベーシストを迎えて、ピアニスト鈴木牧子門下生の第30回のSESSIONが開かれました。ジャン-ポール アイカワは、ミルト・ジャクソンが書いたモダン・ジャズを代表するナンバー“Bag's Groove”を弾きました。リハーサルでは、冷たく手がかじかんで悲惨な出来上がりでした。本番では手袋にホッカイロを入れて待機しのぞみました。打上げの席で米木庸志先生より「ジャン-ポール アイカワの出来は、バッチリでしたよ」とお褒めの言葉を頂き光栄でした。
写真は第四部。左から、鈴木牧子(p)米木庸志(b)石川明(col)岩泉大司(d)の各講師
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Produced by Makiko Suzuki The Session vol.30 meets yasusi yoneki
2008.11.16(Sun)19:00
at すぺいん倶楽部
第一部 ①ジャン-ポール アイカワ “Bag's Groove” ②K.S“A Night In Tunisia” ③M.K“On Green Dolphin Street” ④S.T“Recard Bossa Nova” ⑤H.I“Misty” ⑥N.M“Oleo”
第二部 ⑦M.S“Tha Days Of Wine And Roses” ⑧Y.K“Satin Doll” ⑨A.K“Fly Me To The Moon” ⑩Y.M“A Night In Tunisia”
第三部 ⑪S.T“Masquerade” ⑫N.K“Moani'n” ⑬S.T“Cry Me A River”⑭Y.T“Wired”
第四部 鈴木牧子カルテット フィーチャリング 米木庸志(b) 石川明(Cor)鈴木牧子(P)岩泉大司(d)
第五部 Session! Session! Session!
《米木庸志 プロフィール》1952年函館市に生れる。大学在学中、明田川荘之トリオで演奏活動を始める。その後、植松孝夫グループ、小田切一巳グループに在籍し、折から来日中のドラマーであるドナルド・ベイリーとともに、ハロルド・ランド(ts)、ロレンツ・アレキサンドリア(vo)と共演の機会を持つ。その後、板橋文夫(p)、ネイティブ・サン、本田竹広(p)、北海道バンド、大野俊三(tp)、大西順子(p)との活動も行う。彼が奏でる的確で骨太のサウンドは多方面から数多くの支持を得ている。現在は、大石学トリオ、清水くるみトリオ、大口純一郎トリオ等で演奏する。
鈴木牧子PLOFILE:19xx.12.17 盛岡市出身。3歳よりピアノをはじめ、桐朋学園短大卒業後、アン・スクール・オブ・コンテンポラリー・ミュージックにてジャズピアノを弘勢憲二氏に師事。帰盛後、県立盛岡短期大学でピアノ講師を担当。自宅でピアノの指導をするかたわら、演奏活動もジャズのほかにもピアノコンチェルト、ピアノデュオ、各種伴奏をこなし岩手県芸術祭ピアノ部門にて奨励賞2回受賞等の実績がある。自己のバンド「鈴木牧子カルテット」等で活躍し、’96及び’98横浜ジャズプロムナードコンペティションにおいて優秀賞を連続受賞。’97吉祥寺音楽祭ジャズコンテストでも優秀賞を受賞。20年以上の活動実績を持つ「JCメモリアルバンド」のメンバーであり、第8回国民文化祭いわて’93「JAZZ SUMMIT IN やはば」に岩手県代表として出演。同バンドにてコルトレーンの追悼自主制作CD「Tribute to Trane」発表。坂田明(as)や今は亡きジョージ川口(ds)エルビンジョーンズ(ds)等との共演経験がある。もりげきライヴ実行委員会副委員長。盛岡市文化振興事業団評議委員。ゴスペルチーム「シモンズ・カンパニー」ピアニスト。
2008.11.16
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ライター&フォト:Jean-Paul Aikawa ジャン-ポール アイカワ
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2008.11.10
イチョウの高木が眩いばかりの黄金色に染まっていました。目測で30mもありそうな大きさと燃ゆるような黄金色に圧倒されました。イチョウは雌雄異株で、このイチョウは、雌雄どちらでしょうか。枝が元気よく上向きに伸びているので雄の木に見えます。雌の木は、枝が水平に張るそうです。ヒトが、男であること、女であることを、自覚的に意識するのは何歳ぐらいでしょうか。僕は、小学校5年生のときでした。小学校の裏庭のイチョウの大木の下で、T子ちゃんと二人きりで銀杏の実を拾っているときのことです。それは、男対女の性的な感覚ではなくて、夫婦協働の夫の庇護的な感覚で男を意識いたしました。見詰め合ったとか、手が触れ合ったということではなく、ギンナンの実を拾うという労働的行為であったから夫的に感じたのかも知れません。
銀杏の木を見るたびに思い出します。小学5年生のとき、T子ちゃんとギンナンの実を二人で拾ったこと、自分が男であるを意識したことを、銀杏の木を見るたびに必ず思い出してしまいます。
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ライター&フォト:Jean-Paul Aikawa ジャン-ポール アイカワ
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08.11.06
法隆寺の茶屋に憩いて 「柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺」 子規

08.11.17
風に落ち鳥についばまれいと虚し 「柿たわわ 実り短かや 寒忍べ」 ジャン-ポール アイカワ
上の子規の句を「法隆寺で柿を食べていたら、偶々、鐘が鳴った。ただそれだけだ」という論者もいます。「子規は、深遠な思想でなくても、日々体験する様々な思いも大切であるとし、それをこの句は端的に示し、生きている者の瞬間が具体的にうたわれている」という、子規研究者もいます。また、17字の短詩型の俳句が、現代社会の思想、感情、現実をとうてい盛り込みうる容器でないという桑原武夫の「第二芸術ー現代俳句について」という“俳句第二芸術論”もあります。僕も、桑原武夫に近い考えで、若い頃から俳句に近づくことはありませんでした。しかし、歳を経た近年になりまして、何かの事象を見て、五、七、五を無意識に口ずさんだりする、可笑しな現象が生じることがあります。飲み会の帰りに、道を歩きながら知らない演歌を、自然に口ずさんだりするようなものです。我ながら不可解な現象なのですが現実です。正岡子規先生、季語も知らないジャン-ポール アイカワの駄作を並べるご無礼をご海容ください。
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ライター&フォト:Jean-Paul Aikawa ジャン-ポール アイカワ
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2008.11.10
左から、東根山、南昌山(中央)、赤林山、箱ヶ森/岩手県立盛岡第4高等学校付近より
先日、ある懇親会で「南昌山はどれでしょう」と問う人がいた。盛岡に生まれ育って70年の人である。その人に、この二葉の南昌山の写真を送りました。
南昌山が曇ると盛岡は雨が降るといわれています。空模様があやしい時、傘を持って出るべきか否か、南昌山を見て判断します。南昌山が黒く曇っていれば、傘を持って出かけるわけです。だいたい当ります。天気予報以上に当ると思います。
上の連山の写真は、左から、東根山標高928m、南昌山(中央)標高848m、赤林山標高855m、箱ヶ森866mです。東根山、南昌山、箱ヶ森の三山が、志和三山といわれています。南昌山の山頂の眺望は、東方がひらけて矢巾町方面の平野が眼下に見渡せますが、南北と西方面は樹木に覆われて、眺望絶佳とは云い兼ねます。その点、東根山は、360度のパノラマ展望で晴れた日は素晴らしい眺めです。南昌山の麓には、“矢巾温泉”と“ぬさかけの滝”があります。
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ライター&フォト:Jean-Paul Aikawa ジャン-ポール アイカワ
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高い山頂でないとご来光とは言わないのでしょう。しかし、平地でも黄金色の綺麗な朝日でした。雲海はありませんが、ご来光のような朝日でした。思わず、二礼ニ拍手一礼いたしました。無念無想で祈りました。最近は、神社、仏閣などの礼拝は、全て無念無想で拝んでいます。神頼みの頼みごとはやめました。健康でありますようにとか、お金が増えますようにとか、生臭い祈りはやめました。神さまは、いるのでしょうか、いないのでしょうか。長年の疑問です。何年経っても、いるとも、いないとも解決しないのです。無神論者かも知れませんが、でも、慣例に従って拝んでいます。
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ライター&フォト:Jean-Paul Aikawa ジャン-ポール アイカワ
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岩手山を撮ろうと車道を挟み歩道でデジカメを構えていたら、撮影の邪魔にならないようトラックが停車してくれました。1枚撮って、礼をして通過してもらいました。笑顔でトラックの運転手さんも頭を下げいました。もう1枚撮ろうと構えていると、今度は、乗用車が停車してくれました。シャッターを押して、頭を下げたら、運転手さんも頭を下げていました。こんな好意は珍しいですね。不思議でした。早朝のことです。ご覧のとおり天気よし、朝は、すがすがしくて快いことをしたくなるのでしょうか。氷点下1℃の寒い朝でしたが、気持ちも体もほのぼのと温まりましたよ。快晴、雲ひとつなし。
ライター&
フォト:Jean-Paul Aikawa ジャン-ポール アイカワ
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今話題の2億円宝くじ殺人事件の担当弁護士で、ジャズピアノの上手なY氏からお誘いがあり、海運橋通りのライブハウス・ジョニーのセッションに参加してきました。“我ぞ”と思うジャズを奏でる人達の集まりらしく、司会者に指名されたピアノ、サックス、ベース、ドラム、ボーカルのそれぞれの人が舞台に出てきて交互順番に演奏していました。店内の席は満席でした。一緒のY氏が2,3曲カルテットで弾いた後、促されて、一曲弾いてきました。ベーシストとドラマーの若い二人と、久しぶりに会ったサックス奏者A氏と“ジャン-ポール アイカワ(P)・カルテット”を組んで“サテン・ドール”を弾きました。イントロ、テーマに続いて、ピアノ、サックス、ベースの順で、2コーラスづつアドリブを回し、ラストテーマに戻って、タッターラ・タラ・ラ・ラ~のエンディングで終わりました。拍手喝采を頂きました。間違うことなく、何とか弾き終えて気持ち晴れ晴れでした。翌日はゴルフの予定で朝早いため、早々に退席して残念でしたが、又、機会があることでしょう。
2008.11.02
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ライター&フォト:Jean-Paul Aikawa ジャン-ポール アイカワ
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