写真集「ジャン-ポール アイカワの岩手の山・100座」 2.早池峰山
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菅野義孝(Guitar)with鈴木牧子(pf)下田耕平(b)岩泉大司(ds)
Live at Spain Club 2009
4/19(日):盛岡市大通・すぺいん倶楽部
毎年1月2日に“すぺいん倶楽部”で正月ライブを開くという岩手県東和町出身で東京在住のイケメンギタリスト菅野義孝がこの日の出演となった。今回、1月が4月になったのは、菅野義孝(72年生れ)に女児が生れたため日程がずれ込んだそうです。若い世代は家庭をだいじにする、よいことですね。しかし、一旦演奏に入ると、目つき、顔つきが柔和さから真摯に変貌する。プロの面目躍如たるゆえんである。変幻自在なギター捌き、鈴木牧子トリオの熱演と、更に、ゲスト・当倶楽部オーナー西部邦彦のサックスは圧巻であった。「酒バラ」「A列車」「サテンドール」etc…。
2009.04.20
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ライター&フォト:Jean-Paul Aikawa ジャン-ポール アイカワ
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ジャン-ポール アイカワと入力し検索ボタンをクリックすると、ジャン-ポール アイカワの近くにジャン・ポール・エヴァンという名前が出てくるのです。そのため、ジャン・ポール・エヴァンという名前をいつの間にか覚えてしまいました。しかし、ジャン・ポール・エヴァンのページを開くことも無く、気になってはいたのですが、どんな人物かは知りませんでした。
ところが、孫を連れて盛岡へ遊びに来ていた娘が当地の老舗デパートに出掛けたらジャン・ポール・エヴァンのチョコレートが、半額で売っていたので買ってきたと、ご馳走してくれました。ジャン・ポール・エヴァンは、パリで店舗を構えるフランス人パティシエで東京の店舗では行列で二、三時間待たないと買うことができないという人気のチョコレートなそうです。それが当地では半値で“叩き売り”とは面白い現象です。「所変われば品変わる」ということでしょうか。確かに美味しい、これが普通のチョコレートの10倍の値段の味なのですね。味、ブランド、値段、そのどれもが実像であり虚像でもある訳ですが、凄まじい努力と波に乗る流れが、その礎から現在まで続いているのでしょう。
森永、明治、モロゾフ、グリコ、ロッテなど国内メーカーの中にジャン・ポール・エヴァンのチョコを混ぜて、“利き酒”ならぬ“利きチョコ”をしてみたいものです。果たして判別ができるでしょうか。一方の高級ブランド、デメル
やゴディバよりも、ウェブサイトが近くのジャン・ポール・エヴァンの方に愛着が湧いてきました。
2009.04.21
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ライター&フォト:Jean-Paul Aikawa ジャン-ポール アイカワ
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1.岩手山(いわてさん) 標高2,038m 岩手県滝沢村/雫石町/八幡平市
フォト&
編集:Jean-Paul Aikawa ジャン-ポール アイカワ
元日の岩手山:自宅・盛岡市より望む![]()
犬倉山と姥倉山の間の水場
ここの水も旨い。八合目の水とここの岩手山の水は絶品である。
切通しの標識![]()
右下・お花畑と木道
中央・御苗代湖
鬼ヶ城より見おろす
難所・注意
足場が細く危険です。転落したらなかなか止まらないでしょう。
左から
雫石スキー場ゴンドラ終着、高倉山、秋田駒ヶ岳、三角山、笊森山
鬼ヶ城分岐から山頂を望む
右下は不動平(ふどうたい)の非難小屋/ここ九合目・不動平は、御神坂コース、鬼ヶ城コース、お花畑コース、柳沢コースと合流する。
花?![]()
中央稜線、裏岩手縦走コースが見える。左から、三ツ石山、小畚山、大深岳、嶮岨森、諸桧岳、畚岳、八幡平。中央後方に、秋田県森吉山も見える。

鳥海山がのぞく、網張第三リフト付近。リフト係員の話では、鳥海山は年に、ニ、三回しか見ることができないそうです。
中央に鳥海山がのぞく
網張リフト係員の話では「鳥海山は年に2~3回しか見ることができない」とのことです。
尾根伝いに登山道が伸びる
以下、鬼ヶ城からの景観
鬼ヶ城コースのけわしい岩場の崖登り
以下、鬼ヶ城コースの稜線部登山道からの見晴らしは景観絶佳である。
ヨツバヒヨドリ
網張第3リフト乗り場付近
源太ケ岳・中央![]()
姥倉山![]()
1。岩手山 全350葉 <終>
次は、「2.早池峰山」 へお進みください。
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始めに
休日に週一回の山登りを始めたのは、66歳のときである。夫婦登山か独りの単独登山である。高齢者登山でもある。日帰りで岩手県内の山々に登ったが、4年目で100座になった。これを僕の「岩手百名山」としたい。山行きにはデジタルカメラを携帯し、写した画像は五千枚程になった。その中から選んでこの写真集とした。
僕は登山家でも写真家でもない。登山愛好家、写真愛好家といえないかも知れない。健康と気分転換のために山に登り、そのついでに、写真を撮ったに過ぎない。むかし登った山、初めて登る山いずれも新鮮であった。その新鮮さが画像に表れていればよしとしたい。
「熊」には二度遭った。100回登山して1回程度しか遭遇できないといわれる早池峰山の「オコジョ」にも遭えたことはラッキーである。しかし、いずれも瞬時のことでシャッターチャンスを逃がした。動きの早い動物の撮影は難しい。撮影を逸したことは残念であるが、遭えただけで幸いである。
標高の高い山から順次、一座づつ掲載しています。掲載作業には、写真を1MB以下に収める操作と1枚づつ貼り付ける作業が必要となっています。この作業には、粘り強い根気と相当な時間が掛っています。このような事情から100座が掲載完了するまで、長期の日数を要すると思われます。ご海容下さい。
<掲載する岩手の山100座>
2009.04.01
ライター:Jean-Paul Aikawa ジャン-ポール アイカワ
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臨書:ジャン-ポール アイカワ(親鸞自筆の「南無阿弥陀仏」の名号。京都・東本願寺蔵)
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今は科学万能の時代である。いつの日か科学の時代が朽ちて、宗教の時代が来ることもあろう。世は変転する。親鸞が、学問と修行と布教に奮闘した時代は乱世であった。人々は苦に満ち満ちていた。食べるものがあったか,着るものがあったか、住む家があったか。死人、病者が巷に溢れ、強盗、人殺し、人身売買も日常茶飯事であったろう。なにしろ、千年近くも前の末法の世である。人々が、絶望にあえぎ苦しみから救われるには、ただひたすら「南無阿弥陀仏」と念仏をとなえ、人々は、宗教に救いを求めるしかなかったのであろう。親鸞は、苦しみあえぐその民衆救済を第一の目標にかかげ、激しい布教活動を乱世のなかで展開し、当時の新しい宗教として念仏の救いを飛躍的に発展させた。
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千年近く経った今でも、世界には、往時に等しく衣食住に事欠く国々や人々が多く存在するであろう。日々の生活が満ちたりてなんらの苦悩も感じないとき、仏や宗教は無用無縁となってしまうものである。親鸞の時代に比べたら、日本は今、平和で幸せな時代であり、日常生活ではこれらのことを忘れがちであることを、この本を再読してハタと気がついた。衣食住を質素にして余るものは、衣食住にあえぐ人々に差し伸べねばならないのでろう。
2009.03.01
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ライター&フォト&書:Jean-Paul Aikawa ジャン-ポール アイカワ
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「ミートローフ」、よく耳にするような気がする。食べたことがあるようなないような。どんな料理なのでしょう。
「今晩のごはんは何にしよう?」と帰省中の娘と孫に問いかける妻。そこへ「今晩は、これッ!」とミートローフのレシピを差し出したら、本当に作ってくれました。
見た目も華やかで、ハンバーグよりも大きくて柔らかな食感、ソースがまろやかでやさしい。バケットと赤ワインが添えられていました。皆がミートローフをよろこんだ満足な一夕でした。
レシピはこちら⇒http://m1.sapporobeer.jp/c/ac19agnQkVnEzXad
フォト:サッポロビール株式会社
2008.04.01
ライター:Jean-Paul Aikawa ジャン-ポール アイカワ
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