大国神社・例大祭
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臨書:ジャン-ポール アイカワ(親鸞自筆の「南無阿弥陀仏」の名号。京都・東本願寺蔵)
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今は科学万能の時代である。いつの日か科学の時代が朽ちて、宗教の時代が来ることもあろう。世は変転する。親鸞が、学問と修行と布教に奮闘した時代は乱世であった。人々は苦に満ち満ちていた。食べるものがあったか,着るものがあったか、住む家があったか。死人、病者が巷に溢れ、強盗、人殺し、人身売買も日常茶飯事であったろう。なにしろ、千年近くも前の末法の世である。人々が、絶望にあえぎ苦しみから救われるには、ただひたすら「南無阿弥陀仏」と念仏をとなえ、人々は、宗教に救いを求めるしかなかったのであろう。親鸞は、苦しみあえぐその民衆救済を第一の目標にかかげ、激しい布教活動を乱世のなかで展開し、当時の新しい宗教として念仏の救いを飛躍的に発展させた。
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千年近く経った今でも、世界には、往時に等しく衣食住に事欠く国々や人々が多く存在するであろう。日々の生活が満ちたりてなんらの苦悩も感じないとき、仏や宗教は無用無縁となってしまうものである。親鸞の時代に比べたら、日本は今、平和で幸せな時代であり、日常生活ではこれらのことを忘れがちであることを、この本を再読してハタと気がついた。衣食住を質素にして余るものは、衣食住にあえぐ人々に差し伸べねばならないのでろう。
2009.03.01
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ライター&フォト&書:Jean-Paul Aikawa ジャン-ポール アイカワ
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アダムとイヴ
リンゴ園のたわわに実るリンゴです。皆さまは、リンゴを見て第一にどんなことを思い浮かべるでしょうか。このリンゴを見たとき、“アダムとイヴのリンゴ”を思い出しました。聖書に出てくる知恵の木の実のリンゴです。クリスチャンではないのですが、旧約聖書の冒頭の“創世記”を思い出しました。
神は万物を創造されました。はじめに天と地を創造された。神は、闇に向って「光あれ」と光をつくり、そして、光を昼、闇を夜と名付けられ、夕となり朝となった。第1日目です。第2日目と3日目にも神は、「…あれ」と言って、天と地、陸と海を作り、地には草と果樹をはえさせた。第4日目と5日目にも、「…あれ」といって、大きな光と小さな光に分けられ、星と魚と鳥を創造し、生めよ増やせと言われた。第6日目に、地のすべての生き物を人に治めさせようと、神は自分にかたどって人を創造された。そして人を祝福して「生めよ、増やせよ、地に満ちよ。地を従わせよ。海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物を治めよ。草と実と全ての生き物を食物として人に与える」と言われた。神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。 こうして、天と地と、その万象が完成した。神は、そのすべての作業を終わって第7日目に休まれた。これが、旧約聖書における天地創造の由来である。
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また、主なる神は、土のちりでアダムを造られた。さらに主なる神は、アダムの助け手としてアダムのあばら骨一つを取ってイヴ(旧約聖書ではエバ)を造られた。アダムはイヴを妻として結び合い一体となるのである。二人とも不断から衣服をきることなく、動物と同じように裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった。恥ずかしいという思惟や感情がなかったのであろう。二人は、緑豊かで食べ物が豊富な楽園にいた。しかし、主なる神から禁じられていることがあった。エデンの園のどの木の実を取って食べてもよいが、エデンの園の中央にある“善悪を知る木”からは取って食べてはならない。その実を食べるときっと死ぬであろう、と主なる神は禁じていた。
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ところが、狡猾な蛇がイヴに言った「これを食べても決して死なないでしょう。これを食べるとあなたがたの目が開けることを、神は知っておられるのです」。イヴがその木を見ると美味しそうで、目にも美しく、賢くなりそうに見えたから、その実を取って食べ、共にいたアダムにも与えたので、彼も食べた。すると二人の目が開け、自分達が裸であることが分かって恥ずかしかったので、イチジクの葉をつづり合わせて、腰に巻いた。これを知った主なる神が蛇に言われた。「お前は、すべての家畜、獣のうち、最ものろわれる。おまえは腹で、這い歩き、一生ちりを食べるであろう」。つぎにイヴに言われた「わたしは、あなたの産みの苦しみを大いに増す。あなたは苦しんで子を産む」。更に、アダムに言われた「あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。あなたは額に汗してパンを食べ、ついに土へ帰る」。そこで主たる神は彼をエデンの園から追い出して、彼が造られたそのちりと土を耕させられた。これが、楽園追放である。以上は、“創世記”第1章~第3章の要約です。
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アダムとイヴは、苦しみも心配もなくエデンの園に住んでいましたが、蛇にそそのかされて“善悪を知る木の実”を食べてしまいました。神にそむくこの原罪行為のために、二人は楽園を追われました。それ以来人間は、出産の苦しみや、苦労して働き、ついには死ぬ運命になったということです。実は、以上をご覧のとおり、“善悪を知る木の実”は「創世記」には何の果実であるか記述されていません。絵画や本にリンゴが描かれていることから“善悪を知る木の実=リンゴ”となったようです。
最後に、キリスト者でも、キリスト者でなくてもどちらでもよいのですが、次のことにご見解・ご意見をお持ちの方、コメントをお寄せ頂ければ幸いです。
2008.11.10
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ライター&フォト:Jean-Paul Aikawa ジャン-ポール アイカワ
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五木寛之が新聞小説「親鸞」の連載を始めました。折りしも、TVでは、張作霖の娘と思しき、ご年配の張偉という人が、「親鸞」を講じていました。張偉は親鸞の関係著書を訳して中国に紹介しているようですが、外国人ながら親鸞に対する洞察と卓見には、耳目を引きつけられました。五木寛之の新聞小説の方は、始まったばかりで数回の連載を読んだだけですが、死人の腕や頭が散らばっていたりする河原で、後の親鸞と思われる利発な少年が、僧や武の野人と邂逅する場面から始まりました。のっけから鎌倉時代の乱世の凄まじい様相の幕開けです。親鸞は、深い煩悩に憂き身をやっしていましたが、修行により信心決して弥陀に救われ、鎌倉時代の乱世の中、仏道によって人々を救おうと熾烈な布教の闘いを続けました。自らを愚禿親鸞と称し、「不断煩悩得涅槃」「悪人正機」「御同朋御同行」「自信教人信」等、当時の仏教と対峙する教目をかかげました。京を追われ直江津へ流罪になったり、僧のタブーである「肉食妻帯」をしたり、関東常陸国の布教では10万人ともいわれる念仏者を生み、その発展に対する弾圧から逃れるように生れ故郷京都に戻ったり、変節の息子を義絶したり、不撓不屈、90歳で入滅しました。背負いきれないほどの御恩報謝の布教の成果をたずさえて、弥陀の待つ極楽浄土へ旅立っていきました。さて、明日からの新聞連載は、どのように描かれてゆくのでしょう。
2008.09.10
ライター:Jean-Paul Aikawa ジャン-ポール アイカワ
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今月の宗教
「太田愛人 パウロの手紙を語る」
牧師・太田愛人(79)/聞き手・草柳隆三/
放送・NHK「こころの時代」
朝5時少し過ぎにTVを点けたら太田愛人氏が対談をして
いたので見ました。太田氏は、盛岡出身(盛岡生れ、
盛中・現盛岡一高卒)の卓越なエッセイストでもある著名人
ですが、初めてテレビで見ました。目、口元の優しい丸顔で、
当地でよく見かける盛岡人の顔立ちでした。ホームパンか
ツイードのジャケットにホームスパンのネクタイよくお似合いでした。
もしかして、岩手県産のホームスパンでしょうか。それとも本場
イギリスのものでしょうか。寒い朝でしたので暖かそうでこちらまで
ヌックリしました。菩提寺から配布される刷り物や冊子にある
仏教の教えは、あまり抵抗なく成る程と受け入れ易いのですが、
キリスト教は頭では理解できてもピンとこなかったり、なじめない
面があったりするのはどうしてでしょうか。
仏教やキリスト教のよいと思う教義を自らに律して毎日生活して
いけばよい人間になれるのでしょうが、諸悪をかかえて往生し
なければならない凡夫としては如何ともしがたい現状にあります。
キリスト教に関わることどもを思い返して見ますと、まず、幼いとき、
家にあった画集のイエス・キリストの磔の絵を見て、惹きつけられ
ました。裸で釘を打たれ赤い血が流れているにもかかわらず、
幼児ながら泣きもせずに目をそむけることなく、ジッと見入って
しまったのです。このことは何故か何十年も経った今でも鮮明に
覚えているのです。青年期には、クリスチャンの学友に誘われて、
本町の四谷教会で外人の牧師さんと、3人で話をしたことが
あります。牧師さんから何を聞いたか覚えていませんが、
牧師さんがその学友に、翌週洗礼を受けるよう申し渡していた
ことだけを覚えています。「聖書」は文学書に優るとも
劣らない書というような作家や学者の方々の文言をよく目に
したことから、若い頃、「聖書」を買って読みました。
人の名前がやたらと多く出て来るあたりから、面倒になって
完読しませんでした。
その後、へミングウエイの小説「日はまた昇る」を読みましたが、
冒頭、巻頭言に旧約聖書の“伝道の書”の一節が短く
載っています。ヘミングウエイのついでに旧約聖書の中ごろ
にある“伝道の書”の全文を読んでみましたが、これがまた
素晴らしい。“空の空、空の空、いっさいは空である”と
始まる“伝道の書”は、その頃の筆者の人生観とマッチして、
いたく感動して読みました。見つけました。メモを見つけました。
メモ帳には、「昭60.12.31・マタイ受難曲・シュライヤーを聴く」
と記されていて蛍光ペンで幾重にもマークをしています。
このマークは感動したときに付ける印です。これは凄かった。
大晦日に延々4時間涙を流しっぱなしで見ました、聴きました。
イエス・キリストの生涯を三大テノールの一人・シュライヤーが
延々4時間にわたって歌い続けました。これはもう音楽を
超えていました。イエス・キリストの成せる業でしょう。
前置きが長くなりました。 さて、パウロは、古代ローマの
属州タルソス(今のトルコ)生まれのユダヤ人。
成立直後のキリスト教を世界的宗教にする端緒を開いた
伝道者、神学者にして、キリスト教の2000年を通じて
イエス死後に信仰の道に入ってきたためイエスの
直弟子ではなく「最後の晩餐」に連なった十二使徒の中
には数えられない聖人である。初めは、熱心な
ユダヤ教徒の立場から、キリスト教徒を迫害する側に
ついていた。しかし、目が見えなくなったパウロのために、
キリスト教徒が神のお告げによって祈るとパウロの目
から鱗のようなものが落ちて、パウロの目が見える
ようになった(これが「目から鱗が落ちる」という諺の出典)。
こうしてパウロはキリスト教に改宗した。
この経験は「パウロの回心」といわれ、紀元34年頃の
こととされる。新約聖書中のパウロの書簡は、
深い哲学と愛、情熱、人間味溢れるパウロの言葉が
時空を超えて今も熱く語りかけている。
地中海沿岸諸国を3回伝道旅行した後、ユダヤ人の
反感により捕らえられ、何回かの投獄ののち、パウロは
斬首されるに至った。
ユダヤ教から出てキリスト教が生れ、キリスト教が
異邦人の間に広まって異邦人キリスト者が生れて
全世界に広まりました。70年にはエルサレムが
ローマ軍によって崩壊され、民は地中海沿岸の国々に
離散しました。特に捕囚民がローマに増えていきます。
ユダヤ人は各地で信仰を貫くため会堂を造り、
民族の独自性を失いませんでした。中世以来、
ユダヤ人に対するキリスト教の迫害があり、
迫害によるキリスト教への改宗者はごくわずかでした。
迫害の理由は、ユダヤ人がキリストを殺したということです。
19世紀になると、ユダヤ人伝道のためのヘブライ語訳
「新約聖書」が出版されました。ドイツではメンデルス
ゾーンがプロテスタントに、マーラーがカトリックに改宗し、
20世紀にアンリ・ベルグソンがカトリックに改宗を考え
シモーヌ・ヴェイユにも改宗のきざしが表れました。
こうしてみると、ユダヤ教からキリスト教に改宗した
のはパウロが先導者といえましょう。「ローマ書」は、
ローマにいる多くの異邦人キリスト者とユダヤ人
キリスト者の間に争いが起こることを防ぐために、
両民族が信仰上果たす役割を明らかにしておくこと
が大切だと、パウロは考えました。
憂国者パウロであったが、盛岡出身の新渡戸稲造
(キリスト名/パウロ・新渡戸)も憂国者であった。
『武士道―日本の魂』を英文で書いた新渡戸稲造は
「いわゆる愛国者中には、自分の国のことは、
一切合切、美醜善悪を問わず尽くす之を賛美肯定
するものがあるが、(中略)之を取り除くべく苦慮する
憂国者有りてこそ国連の隆盛も望み得るのだ」と、
軍国化する日本の将来を憂えていました。
出て来た教えを幾つか
「愛に偽りがあってはなりません」
「主に仕えなさい。絶えなく祈りなさい」
「喜ぶ人と喜びなさい。悲しむ人と悲しみなさい」
「悪に負けてはなりません」
「迫害する者を愛しなさい」(キリスト教は平和の
ためにこれくらい徹底している。復讐するな
という教えでもあり平和は宗教から可能で
あるという)
「貢ぎを納めなさい(税金を納めなさい)」
「姦するな、殺すな、盗むな、むさぼるな」
(姦=ビル・クリントンさんも、殺=ジョージ・
ブッシュさんも敬虔なクリスチャンと聞いて
いますが、本人達はどのようにしてこの
教義と折合いをつけるのでしょう)
「欲望に満足して肉に喜びを感じてはなりません」
(故・木村尚三郎東大教授の話→妻帯しない
で苦行し性的欲望に打ち克って性を超越
する神父さん。それ故に神父さんは信徒
から尊敬されるそうです)
最後にキリスト教倫理の根本原理「隣人を自分
のように愛しなさい(隣人愛)」に要約される。
◇「世界がもし100人の村だったら」より
33人がキリスト教
19人がイスラム教
13人がヒンドゥー教
6人が仏教を信じています
5人は、木や石など、すべての自然に霊魂が
あると信じています。
24人は、ほかのさまざまな宗教を信じているか、
あるいはなにも信じていません。
◇筆者:いかなる宗教でも手ぶらで神や仏の前に
立ってはいけないという。
何がしかの何かを捧げなければならない。
いやいや、身も心も財貨も全てを捧げることが
望ましいのでしょう。皆、ある意味では、
家族にはそうしているので、“神への愛”と
“隣人愛”を持てば、対象が広がるだけで
出来ないことはないと思うのですが…。
※太田愛人(おおたあいと)/日本キリスト教団牧師
1928年、盛岡し生まれ。盛岡中学校(現盛岡一高)
卒業、東京神学大学大学院終了。日本キリスト教団
の各地教会で牧師を歴任。現在は社会福祉法人愛
の家ファミリーホーム理事長。
『羊飼の食卓』(現・中公文庫)で第28回日本
エッセイスト・クラブ賞を受賞。著書に『明治キリスト教
の流域』(中公文庫)、『石川啄木と朝日新聞』(恒文社)、
『野村胡堂・あらえびすとその時代』(教文社)、
『「武士道(新渡戸稲造)」を読む』(平凡社新書)など
がある。
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