演劇

演劇 「朝日のような夕日をつれて’87」

今月の演劇 

  「朝日のような夕日をつれて’87

 劇団“第三舞台” bshi

     作・演出 鴻上尚史  

キャスト 大高洋夫 小須田康人 

勝村政信 筧利夫 伊藤正宏

   於 紀伊国屋ホール

旧劇(歌舞伎)、新派劇(江戸の川上音二郎・昭和の

水谷八重子)、新劇(文学座・俳優座など)、

小劇場演劇(アングラ)の図式で演劇を俯瞰すると

分かり易い。「朝日のような夕日をつれて’87」は、

舞台装置なし、多色・多様な照明、ポンポン飛び出す

絶え間ない会話、無意味と思われる駄弁から難解な

哲学にまで及ぶ断片的言葉の数々、それに合わせた

瞬発的な激しい身体動作が特徴であった。

劇団“第三舞台”は小劇場演劇の第三世代なそうです。

第三世代となると昔は前衛でも今はポピュラーな

演劇なのでしょうか。それでも歌舞伎座で見た

歌舞伎とは対極ですね。

作・演出の鴻上尚史は、TV“クールジャパン”の司会

もしていますよ。

「プログラムの文」より

あなたを待つという事。
あなたに待たれるという事。
待つことは幸福なのか。待つことは不幸なのか。
待つことをやめるのは難しい。
しかし待つことを忘れるのはたやすい。
つれないそぶりを見せるのはたやすい。
つれないそぶりをやめるのは難しい。
待たれている事は楽しい。
待たれていない事は恐ろしい。
ゴドーは一体どんな顔で登場すればいいのか。

(注)「ゴドーを待ちながら」/サミュエル・

ベケット作/1953
人生をつぶすのはたやすい。
暇をつぶす事は難しい。
ルービック・キューブを忘れる事はできる。
しかし宇宙を忘れる事はできない。
愛を信じる事は可笑しい。
手ざわりを信じる事は悲しい。
淋しさは愛に似ている。
理解は別れに似ている。
連帯は孤独に似ている。
救済はナイフに似ている。
夢は髪の毛に似ている。
そして第三舞台は何者にも似ていない。

※鴻上尚史(こうかみしょうじ)劇作家・演出家

1958年愛媛県生まれ。早稲田大学法学部卒業。

1981年に劇団「第三舞台」を結成。以降、作・演出を

手掛け「朝日のような夕日をつれて」「ハッシャバイ」

「天使は瞳を閉じて」「トランス」などの作品群を発表。

エッセイスト、ラジオ・パーソナリティー、テレビの司会、

映画監督など幅広く活動。1997年、1年間、渡英。

演劇公演では、紀伊国屋演劇賞、ゴールデンアロー賞、

岸田国士戯曲賞など受賞。

著作、翻訳なども多い。20076月に、イギリスで、

全セリフ英語の「トランス」を上演。朋学園芸術

短期大学客員教授。日本劇作家協会理事、

日本劇団協議会理事を務めている。

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