第二詩集「男と女と死と」

目次  1.死の淵にて  2.滅びゆく肉体よ! ⅠⅡⅢⅣⅤ  3.恋の死  4.四ヶ月更新の命  5.皮角  6.追悼 ジョン  7.猶予 一二三四五  8.あとがき 

第二詩集 「男と女と死と」 1  ジャン-ポール アイカワ

1 「死の淵にて」

赤子は 己の意思なく                                        突然 子宮から この世に                                     押し出されて                                             生を受ける

老いると                                                   人は 己の意思なく                                         突然 死が人を連れ去る

僕も ある日 突然                                         「癌です」と 医師から宣告を受けて                               死の淵に立った                                           見知らぬ黄泉の国の入口に立った       

時は 休むことなく刻み                                       人は 確実に老いていく                                        病は 痛みと苦しみと共に                                     必ずやって来る

何故の生か                                              何故の死か                                                   元を質せば                                              世界三千民族の男達が 只ひたすら                               乳房と女陰を揉みしだき                                      世界三千民族の女達が 只ひたすら                               陰茎を揉みしだき                                          人の輪廻は 休むことがない                                   人の転生は 休むことがない

今 死の淵に立っていると                                       真の愛も 偽りの愛も                                        詰まるところ 仮の愛でしかないことが                                  身に沁みて分かるのだ

今 死の淵に立っていると                                     僕の生も 仮の生であったことが身に沁みて                          分かるのだ

今 死の淵に立っていると                                     全てのものが 儚い仮の姿に見えて                                 全てのものが 愛おしく思えるのだ

今 死の淵に立っていると                                     全てのものが 儚い仮の姿に見えて                               全てのものが 愛おしく思えるのだ

全てのものが 愛おしく思えるのだ

死が 僕を連れ去るとき                                       僕は 全ての呪縛から解放されて                                 又 元の赤子に戻ろう

死が 僕を連れ去るとき                                       乳を飲み終えた赤子のように                                     満ち足りた顔をして朽ち果てよう                                  不満足な人生であっても                                          満ち足りた顔をして朽ち果てよう                                  したいことはみんなしてみたから                                  満ち足りた顔をして朽ち果てるのだ                                 

僕の墓穴を掘る                                           ツルハシの音が聞こえる                                       ツルハシは云う                                           「ジャン-ポール アイカワよ!                                            墓穴に来い!」

埋葬行進曲と歌が聞こえる                                    歌は高らかに歌う                                          「ジャン-ポール アイカワよnote                                    土へ帰る死を悲しんではいけないnotes

 (2「滅びゆく肉体よ!」ⅠⅡⅢⅣⅤへ  お進み下さい)

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第二詩集 「男と女と死と」 2 ジャン-ポール アイカワ

2 「滅びゆく肉体よ!」 ⅠⅡⅢⅣⅤ

Ⅰ                                                この痛み!                                                この苦しみ!                                             地獄の極み!

陰茎と肛門と

引き裂かれる痛みと                                              引き裂かれる苦しみと                                       叫び声を上げるほどの痛みと                                   叫び声を上げるほどの苦しみと

膀胱の中は粘膜が剥がれて                                    肛門は痔になって                                          陰茎から血がドロドロと                                        肛門から血がドロドロと

朝から晩まで                                             ただ顔を歪め                                              体をのた打ち回り

体も心もヨレヨレになって

何故の痛みか                                             何故の苦しみか                                             絶えず蘇る悪夢                                           捨てられた理性

Ⅱ                                                          肉体が蝕まれていくとき                                               強靭と思われていたものが崩れていくとき                            肉体の苦痛の極点よ                                        肉体の快楽の極点よ                                           己が与り知らない全ての極点よ

苦痛が絶え間なく                                                矢が突き刺す痛みよ                                        鉄鎚で叩かれた痛みよ                                          出刃包丁で切り裂かれた痛みよ

脂汗を流し                                                      呻き声を上げ                                                   獣の如く咆哮し                                                                       延々と続く痛みよ                                                   火で焼かれる痛みよ

痛みは神の如く                                                 君臨し                                                     痛みは支配者となって                                          僕を支配する

痛みは神の如く                                                 君臨し                                                     痛みは支配者となって                                          僕を支配する

滅び行く僕の肉体よ                                                             お前が滅びれば                                           僕の精神も滅びる

僕は若い頃                                                   肉体より精神の方が                                              強く尊いと思っていた                                             精神は肉体に打ち克つと信じていた                                だが今                                                          肉体の苦痛に精神が克てないことを                                                    思い知った                                                            精神が肉体に闘いの放棄を告げている

Ⅲ                                                                       僕は 若いときから                                               肉体より 精神の方が尊いと 信じて疑わなかった

今 膀胱が「癌」になって                                                       陰茎と肛門と下腹の激痛に                                     見舞われているとき                                                俄かに 精神より肉体の方が大事になった

死神よ!                                                 虚無にドップリ浸かった                                           僕の筋金入りの精神を                                        お前にくれてやろう                                                  引き換えに 暫し                                                              陰茎と肛門と下腹を 痛めつけないでくれ                                               この先 人生が幾ら希望と実りに輝いていても                                            この痛みに耐えることができない                                 痛みより 寧ろ 死を望むほどだ

苦痛に 磨きがかかり                                         苦痛の感覚の力に弄ばれ                                       感覚の力は                                                 精神と理性で律することはできない

酷い拷問に勝てる人がいるか疑わしい

「私は如何なる感覚の力によっても                                弄ばれることはない」という                                       アンドレ・ブルトンの言葉を                                                     今 僕は 疑っている

Ⅳ                                                僕の肉体は                                                滅びの坂道を                                                歩いている

老残の肉体を                                                 はたちの精神で運動する                                         

はたちの勢いで運動すると                                              腰が痛くなる                                               膝が痛くなる                                                 手首が痛くなる                                                 痛くても運動する                                                      はたちの精神で運動する

残りの人生です                                                          もう肉体はどうなってもいいのです

はたちの精神で 運動すると                                          腰も 膝も 手首も 痛くなる                                                                   それでも はたちの勢いで運動する

残りの人生です                                                          もう肉体はどうなってもいいのです

はたちの精神で 見境無く運動すると                                           腰と 膝と 手首に 激痛が走る                                                腰と 膝と 手首が 動かなくなる

嫌々ながら 病院へ行く                                                 整形外科医は MRIを見ながら云う                                          「無茶をしましたね                                                腰痛症と 半月板損傷と 腱鞘炎です                               注射も薬も湿布も 効きません                                              注射も薬も湿布も 出しません                                          自然治癒を待ちましょう                                                        もっと痛くなったら手術をしましょう」

僕の滅び行く 肉体よ                                                       病知らずの 僕の肉体も                                                 老残の この時から                                                            僕の意を離れ 滅びの道を歩いている                                         僕の肉体も もう僕の肉体ではないのです                                         もう僕の肉体も 自然に帰しましょう

もう いいのです                                                                死                                                                      どうぞ                                                               何時でも 行きましょう                                                   僕の肉体も                                                              滅びの坂道を歩いて行きましょう

Ⅴ                                                             帽子をちょっと持ち上げて                                             にっこり                                                           「さようなら」と                                                会釈をして                                                      颯爽と                                                              坂道を 去っていく

僕も そのように                                                    この世を 去りたい

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第二詩集 「男と女と死と」 3 ジャン-ポール アイカワ

3 「恋の死」

別れる                                                                  ジャンとマドレーヌ

別れの時                                                                  二人は ワインを飲みながら                                               ブルースを踊る

笑みを浮かべたり                                                涙を抑えられなかったり                                                       愛憎が交錯する

「巡り合えてよかったのか」                                                 「巡り合わない方がよかったのか」                                          思惟が錯乱する

ライオンの雄と雌が一緒に発情し                                              1日100回                                                                3日続けて性交するように                                                   ヒトも発情するのだろうか                                                  

ジャンとマドレーヌも一緒に抑えきれない程                                              発情したから恋が芽生えたのだろうか

ライオンの                                                              発情と性交は                                                愛であるのか                                                    怒りではあるまいか                                                            

3日間の肉欲の                                                      終わりのとき                                                                別れの時

つかの間の恋を                                                       あり得ない永遠の恋と                                                勘違いし涙を流す男と女

所詮 ヒトも                                                            しがない動物でしかない

可哀相なジャン                                                             可哀相なマドレーヌ

恋の別れと                                                            死の別れと                                                             突然の恋の瓦礫と                                                        突然の死の訪れ                                                      あの勇ましいライオンが腐肉となって                                     朽ち果てていくように

1日100回                                                      3日続けて性交する                                               生命力溢れたライオンにも                                     突然 死が訪れる

ライオンの屍のように野に放たれて                                               土に帰ることが自然であるが                                               やはりヒトは罪深く                                                     皆 業火に焼かれるべきか

サルトルとボーボワールが眠る                                               パリ・モンパルナス墓地は土葬であった                                     カソリックでない                                                           無神論者の二人も土葬であった

ジャンとマドレーヌの                                               恋が死に                                                            恋が屍となった                                                      土葬にしようか                                            火葬にしようか

屍を掘り出さないよう                                        火葬にしようか 

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第二詩集 「男と女と死と」 4 ジャン-ポール アイカワ

4 「4ヶ月契約更新の命」

死の淵に立ってから                                                僕の命には                                                             何時も そこに 死が立っている                                                   死は そこで ニヤニヤ笑っているのだ

僕は 言ってやるのだ                                                     「お前には 勝てないから                                                     いつ来てもいいよ                                                                   来たいときは いつでも                                                      勝手に来て いいよ」                                                      と 言ってやるのだ                                                                 死は何も言わず ただそこでニヤニヤ笑っている

4ヶ月に1回 検査の日が来る                                                      麻酔をかけ 陰茎からカメラを入れる                                                 膀胱に癌がないと                                                             又 4ヶ月の命の契約更新である                                        

膀胱に癌があると 命の契約更新が出来ない                                             契約が切れることになる                                          契約が切れれば 僕の命はお終いである                                        契約が切れれば 僕の人生はお終いである

いつ契約が切れるか分からない                                               だから したいことを懸命にやる                                                後顧の憂いを残さないよう                                                   何ごとも懸命にやる

勉強も遊びも子供のように懸命にやる                                            先が短くて 時間がない                                                      只々 忙しい

契約が切れたとき                                                          遣り残して後悔しないよう懸命にやる

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第二詩集 「男と女と死と」 5 ジャン-ポール アイカワ

5 「皮角」

痛くも 痒くもない                                                        鼻の横の「皮角」をさする

小さな「皮角」                                                            引っ張ってみる                                                    取れない                                                              引っ張るとかえって                                                      伸びて大きくなった                                                      たった3ミリメートルの                                                   カサカサした「角」

この角は「癌」ですと医師は言う                                               初めて膀胱に癌が出来たから半年あとのこと

細胞が増えすぎると癌になる                                                    増殖ししすぎて破壊する                                                    人も世も栄えすぎた後に滅びる                                               細胞も増えすぎた後に滅びる

増殖と破壊よ                                                             栄華と滅亡よ                                                             人の世の絶え間ない繰り返しよ

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第二詩集 「男と女と死と」 6 ジャン-ポール アイカワ

6 「追悼 ジョン!」

我が家の愛犬 老衰ジョン!                                                      我が家の愛犬 老衰ジョン!                                                              

眼はどうした! 見えないか                                                 耳はどうした! 聞こえないか                                                足はどうした! 立てないか                                               漸く立ってもすぐ転び                                                       頭を打っては血を流す

若いジョンは                                                            猛々しく よく吼えた                                                              今 苦しみに耐えられず                                                       甘えて助けを求めるジョンの泣き声

犬の哀れよ                                                            生き物の哀れよ                                                           犬も 人も 命の哀れに変りがない

ジョンも昔は若かった                                                      ジョンが若かった頃 散歩に行った                                                     ジョンは片足上げて電柱に小便をかける                                           人影のない草むらでで糞をする                                                 首輪をはずすと若きジョンは                                                       楽しそうに野原を疾走する                                                   野の鳥を追いかけるジョン                                                    逃げて飛び立つ鳥                                                                                                                                                  虚しく空を見上げるジョン                                                                                                  逃げる夢を虚しく見上げるジョン

僕の肉体の苦しみが                                                          小康を得た日                                                             我が家の愛犬老衰ジョンが逝った                                                    ジョンの亡骸に両手を合わせ                                                   我が命の末も重ね思う

人は言う                                                               「愛犬ジョンは ジャン-ポール アイカワの                                             身代わりに死んだ」と

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第二詩集 「男と女と死と」 7 ジャン-ポール アイカワ

7 猶予 一 二 三 四 五

猶予一

何と 長閑な一日だろう

桜の花が舞う                                                           柔らかい春の陽ざしのもと

希望もなく                                                              生臭い肉体もなく                                                               蝉殻のようになって

シャンパンで乾杯し                                                    天空に向う虚空を仰ぐ

何処までも明澄な虚空には                                               縄がぶらさがっていたり                                                       崩れそうな階段があったり                                                     「未来はない」という文字を刻んだ本があったり                                          絶望を叫ぶ彫刻があったり                                         薔薇で飾られ                                                          真珠で飾られ                                                        金銀、赤青で飾られ                                                     宇宙の塵埃が舞う                                                         ここには生臭い肉体はない

猶予二

今は 明確すぎて虚しい                                                     そして絶えず狂乱する                                                            今 未来はもはや眩い光も失せて                                                絶対的な何の証もない

絶望が語りかける「俺について来い」と

肯定と否定のせめぎ合いよ                                                 おお死よ!                                                           虚空への旅立ちよ!

虚空のマネキンは                                                            実在の美にも見え                                                        昇華された美にも見え                                                                                            夢にも 札束にも見え                                                        虚飾にも見え                                                           弥勒にも 阿修羅にも見える

人の生の意味を求めるよりも                                                 美を求め美に心を奪われたほうが                                                生き易いということか                                                    思惟の相違は幾重にも重なり合う

猶予三

だらしなく白くぬめる皮膚に寄りかかり                                             ぶよぶよした半端な時間を送る                                                肉の静かな揺れ                                                    肉の激動                                                        おお心無くも震える声                                                      愛なき夜々

怠惰な日々よ                                                        憂愁の色濃い日々よ

ここは何処                                                            今は何時                                                             あなたとわたしは誰

慎ましくありなさい失神状態のうちにも                                             一向に燃えない情熱を抱えて                                                 おおつかの間の美よ                                                            最後の日よ

猶予四

樹齢を重ねた桜                                                          男と女が親しみを持って見上げてきた桜                                        死が影を落とし あと何回                                                      この桜を見ることができるのかと初めて想う

天の果て                                                              地の果て                                                          人の果て                                                            桜無用の果ての果て                                                           何もない世界が開ける                                                     桜はやはり人の世のものか                                         何もない世界                                                           そこには 明かりもなく 闇もない                                             そこには 無重力の空洞が広がる                                             そこを桜の花びらが舞ってゆくように                                              たどり着こうか                                                           無は 白色か 黒色か                                                      無は 善の中 悪の中                                                      善も悪も 無の中に飲み込まれてゆく                                             無の中へ 無の中へ                                                          無の中へ雑念も想念も消えて                                                    何もない世界が広がる

猶予五

痛ましき肉体                                                            灰燼に帰した闘魂                                                     情熱 激情 過激                                                           絶望の向こう側に 何が見えるのか                                           絶望の果ての世界                                                        何もない世界が広がる

若者よ!                                                             君達は ニヒリストになる必要はない

                                             続く                        次へ(8へどうぞ)

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第二詩集 「男と女と死と」 8 ジャン-ポール アイカワ

8 「あとがき」

 58歳のとき僕は、癌の宣告を受けた。悪性度の高い膀胱腫瘍ということであった。大学病院で手術のため1ヶ月の入院、術後3ヶ月のあいだ再発予防薬の膀胱注入を受けた。この再発予防薬は、膀胱内粘膜を剥ぎ取るもので、注入後、何時間も続く痛みと苦しみは、筆舌に尽くし難い地獄の極みであった。シメジ茸のような形の腫瘍3個と米つぶのような形のもの7個を除去して平癒したが、再発の頻度が高いということであった。しかし、その後10年余、病気のない健康体で過ごせた。

 この詩集は、入院中に書いたものと、退院後間近に書いたものを集めた。入院中は、非日常的な世界で死や来し方を思う特異な状況からか、いろいろな想念や思惟が次から次へと湧き出た。詩心も湧き詩も幾編か書いた。まだまだ沢山書けそうであったが、入院中なので療養に専念し、退院したら続きを書こうと、筆をおいた。筆をおくべきではなかった。入院中に一気呵成に書けるだけ書くべきであった。退院して月日が経つとあの入院中の非日常の特異の世界は全く書けなくなった。退院のとき、試合は終わってしまったのであろう。試合場から娑婆へ戻ってしまったのである。

 又、いつの日か、老いの病と死が向うから勝手に、僕にやってくるだろう。そのとき、又、続きを書きたいと思う。

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